6月26日、午前10時半、場所はK女子大キャンパス内。
1講目が終わって宮崎あいくと坂上美穂は一緒にキャンパスを出て近くのいきつけの“MERCI”というカフェに入った。
2講目が一般教養科目なので出席をパスしたのだ。
今日の京都は雨模様。
まるで目が腫れている美穂の心の中を表しているかのようだ。
窓際の席にすわり、お互いが大好きなエスプレッソを注文する。
あいくと美穂それぞれの理由で雪絵が1講目を欠席したことを気にしている。
あいくは将年とのツーショットを見かけたから。
美穂は雪絵に相談しようとしてマンションにまで押しかけたが遅くなると断られたから。
「今日は雪絵ちゃん、どうしたんだろう?」美穂が尋ねる。
「本当に珍しいわね」
「私、本の趣味とか合うんで将年君の件、雪絵ちゃんにも相談しようと思ってるのだけど」
「いや、雪絵ちゃんには言わない方がいいんじゃないかな」とあいくが答える。
「どうして?」と美穂が問い返すと
「それより美穂は、将年君のことまだ好きなわけ?」という言葉が返ってきた。
「うん」と美穂はためらいつつも答える。
「そうしたら、私にまかせてくれるかな。うまくあいだに入ってあげる。将年君の携帯番号教えてちょうだい」
美穂にとって、まるで演劇のセリフを発するかのごとくしゃべるあいくが保護者のように頼もしく感じる。
「お願いね」と答えて将年の番号をメールであいく宛に送る。
そのとき、コンパ仲間の山田さくらと大林加代が“MERCI”に入って来た。
その1時間位前、烏丸御池の雪絵のマンション。
突然泣き崩れて「実は・・・」と昨晩の直斗との真相を雪絵から聞かされた将年は、昨晩以上にに雪絵が可愛く感じて再び抱きしめたのである。
一般的に、男は女性の涙に弱い。
それが若くて可愛い女性であればあるほど・・・
将年とて例外でない。
彼は純粋とは言えないかもしれないが、女性では理解できないほどの“単純”な男であるからだ。
11時半すぎ、雪絵のマンションを仲睦まじく出、地下鉄御池駅で別れる。
右京区にある大学に行こうと思ってバスに乗ろうと思った矢先、昨晩四条河原町に車をパーキングに入れてそのままにしてあったことに気づく。
「しまった!」と後の祭り的にひとりごちる。
ダッシュで御池駅東西線ホームにたどり着き、雪絵の姿を確かめたが前の電車に乗ったみたいだ。
5分弱待って次の電車に乗りこみ西へ2駅、三条京阪で降りる。
あいにく雨模様だ。
深呼吸して今の気持ちを整理してみた。
「なんとか雪絵ちゃんを守ってあげなくっちゃ」
このひと言に尽きる。
今の将年にとって直斗に会いに行った途中で自分とバッタリ会い、その後を共にした雪絵の行動を粋に感じていた。
それよりやっかいなのは、2人が手をつないで歩いていたことを直斗に目撃されたであろうことである。
さらに、雪絵のマンションで一夜を共にしたと知れば直斗はどう思うだろうか。
「とりあえず直斗に会おうか」ということで直斗宛にメールを打つ。
“岡谷だけど、返事遅れてゴメン。ちょっと家の用事で朝からバタバタしちゃって。1時過ぎに学校に着いて3講目出る予定。それが終われば時間あるので相談に乗るよ”
メールを打った直後、携帯に着信が入る。
知らない発信者番号が画面に出る。
一瞬ためらったが思い切って出ることにする。
「もしもし岡谷さんですか?」
「はい」と答える。
「私、おとといの晩コンパでご一緒させていただいたK女子大の宮崎あいくです。美穂と雪絵のことでちょっと話があるのですが」
将年は裁判官のようなあいくの口調に唖然としてしばらく応答出来ないでいるのであった・・・
第10回に続く)